2016.10.20

  • 人×技術

真空成形機: 最速の筐体ファブリケイションツール

明田守正

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 電子回路基板と電池部品など、小さなものを合わせて固定したいことや、直接手で触れると望ましくないものにカバーを用意したいことがあります。ありものの容器、お菓子のプラスチックケースや食品用パックを流用すると手っ取り早いです。製品や作品として完成度を高めたい場合は、専用のケースを設計し、レーザーカッターや3Dプリンターなどで作る場合もあります。

 ありもののケースではサイズがぴったりにならないことがほとんどで、また見栄えがしません。専用のケースを設計するには、筐体の大きさを精密に把握して設計する手間がかかります。ケースをたくさん作る場合にはきちんと設計して効率よい形にする甲斐がありますが、とりあえず一個だけ作ればよい場合には、3Dプリンターのように時間がかかる道具を使うのは面倒です。

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 「複数のものを固めて一つにする」「ぴったりしたカバーをとりあえず一個作る」という目的には、真空成形機が強力なツールになります。真空成形機は、熱でプラスチックを暖めて柔らかくし対象のものに押し当て、同時に強力に空気を吸引することで、対象の外形を固定したプラスチック製品を作ることができます。

 店頭販売する商品のパッケージの種類に「ブリスターパック」があります。透明なPETプラスチックで商品を格納し、紙の台紙に固定するものです。真空成形機はブリスターパックを作るようなツールです。

 真空成形機を使う上で、3Dの設計能力は必要ありません。形は対象物が自らの身をもって作ってくれます。

 秋月電子で販売しているSHARP 7インチ高精細IGZO-LCDパネル 接続モジュールセットの基板をカバーし、さらにUSBバッテリーを固定するために、真空成形機で筐体を作っている映像です。

 機器上部のヒーターが90℃になるまで待ち、対象物とPETシートをセットします。PETシートをヒータに近付け15秒暖めてやわらかくした後、真空吸引器のスイッチを入れると同時にPETシートを対象物に押し当てます。対象物設置台には多くの穴が開いていて空気を吸引し真空状態を作ります。

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 真空成形機で作った簡易筐体です。シートがコネクターの下まで回り込んで形になっています。基板を素手で触れないためのカバーとしては十分です。

 電子回路の試作やテスト用基板を不意の落下物から守る目的で、アクリルを切って床と天井を作っている方法があります。真空成形機では床は作る必要がありますが、水平方向に空隙がある天井を作る方法に比べて全方位を守ることができます。

 今回ケースを作ったSHARP 7インチ高精細IGZO-LCDパネル 接続モジュールセットは、DC 5V 0.5Aで動作しHDMI入力を表示することができる面白いパーツで、秋月電子では専用アクリルパネルキットも販売しているのですが、このパネルキットでは基板が剥き出し状態で扱いに少々気を遣います。液晶を保護するパネルはそのまま流用の上、基板をカバーし、同時に既製品のUSBバッテリーを利用して電池駆動できるようにしました。USBバッテリーは自身への充電と他への給電を同時にできる、ELECOMのスマートフォン用バッテリーを選定しました。

 「このバッテリーを繋いで一体化しておけばスマートフォンやノートPCのように電源があるときは給電し、ないときはバッテリー駆動できるぞ」と目論んでいましたが、実はこのバッテリー、 「USBバッテリーが充電0の時はUSBバッテリーへの充電を優先し、外部給電を切り、満充電になった後に給電開始する」という仕様のため、バッテリーを0%するまで使い切ったら満充電するまで給電できないことになります。

 満充電するまで給電しないのでは使い勝手が悪いため、スイッチをつけて、バッテリーからの給電で動作するモードと、外部給電を直接ディスプレイに供給するモードを切り替える回路を実装し、固定しました。外部給電直接供給するモードではバッテリーからの給電を切りますので、バッテリー駆動時の電源スイッチを兼ねます。回路基板とケーブルも、真空成形機でまとめて固定することができました。

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 Qi(「チー」と読みます)というワイヤレス充電の規格があります。主にスマートフォン向けで、端子を接続しなくても充電器に置くだけで充電ができ、手間がかからず便利です。直径6cmほどの安価な充電器が入手できます。

 実際にQiを使ってみると、ワイヤレス給電ができるスイートスポットが狭く、セットしたはずなのに充電位置に合っていなくて充電できなかった、ということが起こります。この問題を解決するため、複数の充電コイルを内蔵し、ワイヤレス充電しやすくなっている充電器もあります。複数の充電コイルを使う方式では、さまざまなスマートフォンに対応することができます。

 ふつう利用者が使用するスマートフォンは一個で、一つの機種をQi充電器に置いた時に苦労せず充電位置に合ってほしいところです。充電器がワイヤレス給電できる位置に自動的に合ってくれる充電器ケースがあればいいのです。

 この目的のために、真空成形機でスマートフォンの形にあったQi充電器ベースを作りました。

 スマートフォンを大まかに置くだけで充電位置にぴったり合います。位置合わせに気を遣わなくて済むようになりました。ワイヤレス充電の便利さが高まります。

 さらに、どうせならスマートフォンを立ててワイヤレス充電できるようにしたくなります。しかし、0.2mm厚のPETシートを成形したままではスマートフォン周囲の噛みつきが浅く、立てるとスマートフォンがずり落ちてしまいました。

 そこで0.4mm厚のPETで、スマートフォンの下に7mmほどの土台を置いて噛みつきを深くしたベースをつくり直し、なんとか充電器ベースを立てる方法を考えました。作業場のSony Creative Loungeを見渡すと、熱でプラスチックを溶かして溶着するシーラーがあり、シーラーで余ったPETシートを熱してみると、うまく曲げられることがわかりました。

 ある程度の厚みがあるシートを曲げられるのであればベースを立てる脚を作ることができそうです。端切れのPETシートを二カ所曲げ、かまぼこ形を作ってみると、ベースを立てる脚にすることができました。 ベースと脚は両面テープで接着しています。

 これで、ぴったりあうQi充電器を背後に備えた、はめ込みのゆるいスマートフォン立てができました。

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 ディジタル・ファブリケイション、すなわちコンピューターで設計した物理的な形態をレーザーカッターや3Dプリンターで作成すると、設計したデータをのちのち発展させやすくなる、他のひとに共有できるというメリットがありますが、人の手で作ることが難しい形態でない限り、器用な人が手で作った方が早い場合が多いです。

 「3Dスキャナーと3Dプリンターを組み合わせれば、既存の立体を捉えたデータから3Dデータを作り、そのままの複製や応用したモデルを作ることができる」という考え方もありますが、3Dスキャンした形態はそのままでは誤差によりでこぼこしているなどの問題でなかなか簡単にはいきません。筐体のように精度が必要なものは、精密に計測してCADで設計する必要があります。出力する3Dプリンターにも精度が必要です。

 真空成形機は、すでにある立体の形を捉え、そのまま周りを包む形を作ることを20秒で実現できます。すでにあるものの筐体を作ることや、複数のものを合わせて固定する用途においては最速のファブリケイションツールと言えるでしょう。

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 今回使用した真空成形機はSony Creative Loungeさんに設置してあるラヤマ・パック社のV.formerという製品です。ワークエリアが325x218mmと大きなものを作ることができ、定価321,840円です。調べてみたところ、Jintai社製の小さな真空成形機もあります。マウスガードを作る用途の小さなものですが、おそらくV.formerと同じように使えて13,000円です。

 真空成形機は業務用途がほとんどですが、最近上記のように一般向け用途に使える製品が出てきています。ファブリケイションに興味がある方は要チェックです。

謝辞

 今回の記事を執筆するにあたって、Sony Creative Loungeさんの設備を使用させていただき作成しました。ありがとうございました。

この記事を書いた人 :
明田守正

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